2014年3月7日 星期五

朝日新聞 AKB的人生論 朝長美桜

這次的朝日人生論找來了みお,她在紙板上寫上了''感謝'',除了要感謝教舞的老師,HKT48,工作人員之外,她還感謝了粉絲們的支持。


  要作為一位成功偶像,隨時抱著感謝的心是不可或缺的,因為偶像並不能夠獨立地存在的,必須要有粉絲們的支持,工作人員的幫作,攝影師的拍攝技巧,前輩的意見等才能造出將來的成就。

如果有持續著留意みお的G+,也會知道她每一次工作結束了之後都會打''一つ一つのお仕事に
感謝して取り組んでいます。ありがとうございます
。''就是要提醒自己今天的成果是大家的功勞!



對於みお而言,她的目標是已經畢業的篠田麻里子, 也希望能夠像她一樣散發出強勁的偶像氣場。

みお的歌舞力都不是整個HKT中最高的,甄選的時候都不是表現得最好的一個,當時甚至唱到一半的時候被秋元康叫停了,到底是什麼令她成功踏入偶像的行列,而且成為現時的中心之一?


在AKB系中,秋元康認為能歌能舞並不是最重要的,而是予人一種溫暖的感覺和可朔性的大小(warm and sweet charm),圖自一個對秋元康的訪問,同樣地,即使是在外國進行JKT48的甄選,其準則也是侯選者的感覺多於實力,因為AKB系就是一所學校,在進入學校之前並不打算有人已經學懂所有東西。不過這些都已經耳熟能詳不再多提。

                  (↑↑極糾結要不要放這張圖,感覺破壞了圖片的節奏...↑↑↑)

在兩年之前仍是一個每天都要上學的普通中學生,兩年後已經成為一個經常在舞台上唱歌跳舞,不單在國內,甚至海外也有粉絲的偶像是令みお至今都感到不可思議的事情,這一點也正正是我會喜歡這個團體的原因之一。不知道大家可不可以想像到:
  大家在兩年前也是一個學生,如今她已經踏上高處的而我則成為了在下方看著她的人 ,這令我有種...敬佩(?)/很厲害的感覺,也是最值得學習的地方。每當みお,HKT在舞台前後表現出奮鬥的一面時就會為不少人包括我帶來動力,這起瑪是我對於偶像的看法。每個人都有不同的觀點,也能從不同的角度欣賞這個團體。
對於一些講求實力派的○國團體如''少○時○''會與粉絲(我)做成一個厚壁,並不符合我剛才所說的標準。(重申,當然人人也有不同的觀點,他們也許看到好的一面)


之後談到辛苦的時候,みお也再次提起了粉絲們不時會在G+,握手會和信上寫上加油打氣的說話,
成為偶像要作出不少犧牲,如果站在她們的立場思考,其實也不是一件開心快樂的事,那麼,為什麼還要當偶像? (見下


 首先是要宣傳HKT48,讓全世界的人都知道這個團體,第一步就從老家福岡開始,讓福岡的人都知道HKT,並成為粉絲;然後是關東--->全日本....
但是學生也不能在學校窩一輩子,最終みお也要獨自面對藝能界,相信到那時候她已經變得好像麻理子這樣的明星了,不過依然要不忘抱著一顆感謝的心。
(最後訪問到此就結束了。)


 這個系列其實還有める版,不過...(ry(ry(ry
 有興趣可以自行下載翻譯版看看

補充資料:文稿 下有翻譯

中学1年生の秋、家族と一绪に见ていたテレビの歌番组が私の人生を変えました。出演していたのはAKB48。その中でオーラを発している女の人がいました。曲は「上からマリコ」。心を夺ったのは、センターにいた篠田麻里子さんでした。ショートの髪形が私にそっくり。福冈県出身と知って、ますます亲近感を覚えました。

 それまではアイドルに兴味がなくて、AKB48も名前を知っているくらい。そんな私が、篠田さんに梦中になりました。家族や友达にも、篠田さんの话をよくしていたようです。博多を拠点にしたAKB48の姉妹グルー
プHKT48のメンバー募集を伝える新闻を祖母がもってきてくれました。

 合格すれば篠田さんに会えるかもしれない。でも、合格するわけない。深く考えずにオーディションに応募しました。1次の书类审査を通过して、上手に话せなかった2次の面接。最终审査は歌とダンス。人生で一番紧张しました。まず歌の审査。さびに入る前に审査员の秋元康先生に止められました。「何でだろう……。もうダメだな」と思いました。ダンスも未経験。审査の前にダンスの先生から1时间ほど振り付けを习うのですが、覚えられず、审査では全くと言っていいほど踊れませんでした。ダンスの先生が、私の踊る姿を见て首をかしげていたのを覚えています。

 「踊れなくても最后のポーズだけはちゃんとして」と先生が教えてくれていたので、最后のポーズだけちゃんとしました。その以外の场面については、もう记忆から消えてしまっています。

 その日に合格発表があって、私の番号が呼ばれました。「闻き间违えかな。でも确かに言われた。なんで?」。びっくりして、头が真っ白になりました。

 奇迹的に合格しましたが、大変だったのは、それからです。正式に研究生になるまでにはセレクション审査を通过しなくてはなりません。ダンスの基础练习をして、审査にのぞむまでがすごくつらかった。

 レッスンが终わっても、体育馆や自宅で练习を続けました。その顷は、思うように踊れなくてずっと泣いていました。メンバーたちは优しかったです。特にダンス経験のある坂口理子ちゃんやまなみちゃん(草场爱)。私がいつも泣いていたからだと思います。

 つらいレッスンの日々を终えて、迎えた公演デビューの初日。紧张しかありませんでした。楽しくてうれしかったけど、紧张という言叶が一番。歌って踊るのが精いっぱいでした。特に难しかったのはお客さんとのアイコンタクト。余裕がない上に、人见知りでしたから。それでも少しずつ惯れてきて、アイコンタクトもできるようになりました。

 普通の中学生だった私がステージで歌って踊っているのが不思议でした。しかも人前に立つのが苦手なタイプ。アイドルは绝対、自分には経験できない远い世界と思っていたのに、なぜ、自分はここにいるのだろう。そんな感覚は今でもあります。

 私を変えたのは篠田さんへの憧れ。デビュー后、ついに篠田さんにお会いできる日がやってきました。私は昨年5月に発売されたシングル曲「さよならクロール」でAKB48のシングル选抜に入り、ミュージックビデオの撮影で冲縄を访れました。もちろん、篠田さんも一绪です。

 篠田さんはきれいで身长も高いので、どこにいても目が行ってしまいます。だけど、私は耻ずかしくて远くから见つめるだけでした。

 チャンスをくれたのは同じHKT48の指原莉乃さん。私が篠田さんに憧れて、HKT48に入ったことを知っていたので、ご饭を食べるとき、绍介してくれたんです。すごく紧张しましたが、「憧れて入りました」と伝えると、「すごくうれしい」。そして、そっくりの髪形を见て、「妹みたい」と言ってくださいました。ご饭の间、ずっと一绪でしたが、思った通り、すごく优しい人でした。

 7月、AKB48の福冈ヤフオク! ドームコンサートで篠田さんは卒业することになりました。コンサート终了后、舞台裏で反省会が终わり、みんなが帰る准备を始めました。私は自分から篠田さんに声をかけることができず、マネジャーさんに呼び止めてもらいました。そして2人并んで记念撮影。去り际に篠田さんが话してくれました。「かわいい曲を踊っている时の笑颜はできているから、格好いい曲を踊る时のシリアスな表情ができるようにがんばってね」。私のことを见てくれていたんだ、とすごく惊きました。憧れの先辈からのアドバイスはうれしかったです。

 それ以来、DVDで格好いい曲を踊る篠田さんの表情を见て、练习しています。いいところを全部を取り入れたいくらいの気持ちです。かわいい曲の时は篠田さんに自分らしさを加えるようにしています。

 「自分らしさ」は笑颜です。篠田さんもファンのみなさんもメンバーも「笑颜がいいね」と言ってくれています。いつも笑颜でいよう、と思っています。でも、笑颜でいられるのは、まわりにいるみなさんのおかげ。だから、常に感谢の気持ちは忘れないでいます。


在中學一年級的秋天,當時與家人看電視的時候,一個歌唱節目改變了我的人生。在這個節目中出演的是AKB48。在這之中有一個散發著氣場的女子。當時AKB48表演的歌曲是「高高在上麻里子」。而奪去我的心的人則是那首歌曲的中心篠田麻里子小姐。短髮的形象與我一模一樣。知道她是福岡縣出身後就更加感覺到親近感了。

在這之前並沒有興趣做偶像,關於AKB48的事情都只是在大約知道名字程度。篠田小姐就成為了我的夢想了。當時經常與家人和朋友說有關篠田小姐的話題。有一天,祖母在報章上看到以博多為據點,AKB48的姐妹團體HKT48正在募集成員的新聞。

如果合格的話說不定可以與篠田小姐見面。但是,不可能合格的。沒有太深入考慮便走去參加甄選了。通過了第一輪的書面審查,也通過了第二輪的面試(儘管當時不能好好地說話)。最終審查是唱歌和跳舞。這是我人生中最緊張的一刻。首先是唱歌的審查。唱到副歌部份之前就被秋元康先生叫停了。當時我心裡正在想’’為什麼呢…..。已經不行了吧’’。跳舞也是沒有經驗。雖然在審查之前與教舞的老師花了一小時去練習,但不能把舞步全都記下來,審查的時候沒有發揮出最佳的狀態。當時教舞的老師見到我的舞姿後低下頭的情境到現在還記得。

因為老師教我’’即使跳得不好,但是只有最後的動作一定要做到。’’所以當時真的只有最後一個舞步好好地做到了。至於其他的場面已經忘掉了。

當天有合格生的發表,而且叫到了我的號碼。’’可能是聽錯吧,但是真的是我的號碼,為什麼?’’。嚇了一大跳,頭腦一片空白。

雖然能夠奇跡地合格了,但是真正辛苦的,現在才開始。正式地成為研究生之前還要通過一個選拔審查。必須不停做舞蹈的基礎練習,在審查來臨之前都非常辛苦。

即使舞蹈課結束了,都會在體育館和家裡繼續練習。當時,因為達不到自己的要求,跳得不好而一直在哭。不過成員們都很溫柔。特別是有舞蹈經驗的坂口理子醬和草場愛醬。這是因為我一直都在哭的關係吧。

辛苦的舞蹈課一天一天地過去,迎來了公演出道的初日。當時除了緊張已經沒有其他心情了。雖然也很開心,但果然緊張的部份是最多的。不論是唱歌或跳舞都傾盡全力去做了。我覺得在公演中特別困難的是與客人的眼神交流。因為當時我還很害羞。但是之後開始習慣,變得也能與客人們好好地眼神交流了。
我覺得最不可思議的是本來身為中學生的我現在已經是一個站在舞台上唱歌跳舞的人了。而且還是一個站在人前就會害羞的類型。明明偶像對於我而言是一個自己不會觸及,一個遙遠的世界,為什麼,自己會在這裡呢。這樣的感覺即使現在還存在著。

改變了我的是對篠田小姐的憧憬。出道後,終於迎來了與篠田小姐見面的日子。我在去年5月的時候成為了AKB新單曲’’再見自由式’’的選拔成員之一,去沖繩拍攝MV了。當然,篠田小姐也有去。

篠田小姐不單身高,又漂亮,無論走到哪裡都總是能夠吸引別人的目光。但是,我太怕羞了,只可以一直在遠處看著她

給予我機會的人是同樣HKT48成員的指原莉乃小姐。因為她知道我是因為憧憬篠田小姐而加入HKT48,所以在吃飯的時候向篠田小姐介紹了我。雖然非常緊張,但是能夠把這份心意傳遞給她實在是太好了。之後,她看到我的髮型與她一樣,說我就好像她的妹妹呢。吃飯的時候我們都在一起,與我想像的一樣,她是一個非常溫柔的人。

7月,篠田小姐在AKB48 福岡ヤフオク! 巨蛋演唱會中畢業了。演唱會和反省會都結束了之後,大家都開始準備回去了。當時經紀人叫停了我,原來篠田小姐找我。我們拍了一張紀念照。臨別的時候篠田小姐跟我說”為了可以在跳可愛風格的歌曲時展現出笑顏;跳帥氣風格的歌曲時展現出認真的表情去加油!”。原來篠田小姐有關注我,有一種受寵若驚的感覺。能夠從得到憧憬的前輩的意見,非常開心呢。

自此之後,一直都在DVD看著篠田小姐在跳風格帥氣的歌曲時的表情去練習。抱著要把所有好的地方都吸收的心情。跳可愛風格的歌時則要再加上自己的特點。

自己的特點是笑容。篠田小姐,粉絲們,成員們一直都說我的笑容很好看。所以我希望能夠一直都掛著笑顏。但是,我之所以能夠露出笑容,都是因為一直在我身邊的大家。所以,我不會忘記要經常抱著一顆感謝的心。


來源: http://www.asahi.com/articles/ASG347TKMG34UZVL00D.html
--------------------------------------------------------------------------------

ver 2.23